此花咲耶姫という花
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咲耶姫(サクヤヒメ)の名がそのまま、桜(サクラ)の語源になったそうです。
前出の瓊々杵命が出会ったのは、花の咲いた木で、その木に名前をたずねたところ、花の木から現れたのが、此花咲耶姫だったというのですね。
現在、桜の主流となっているソメイヨシノは江戸時代に品種改良されたものなので当時の桜とは異なるのかもしれませんね。
此花咲耶姫とは山桜の一種だったのでしょうか。
花言葉 : 優れた美人 精神美 |
現在、その名を冠した桜の品種が存在していますが、神話の花と同じものかはわかりませんね。
此花咲耶姫の神話
古事記によると、天照大神 ( アマテラスオオミカミ ) が日の本の国を治めさせるために、遣わした瓊々杵命 ( ニニギノミコト ) という神様がいました。
ある日、海岸で美しい大山祇命 ( オオヤマツミノミコト ) の娘・木花咲耶姫 ( コノハナサクヤヒメ ) に出会った ( 木花之佐久夜毘売命。別名神阿多都比売 < カミアタツヒメ > )。 瓊々杵命はたちどころに咲耶姫に恋をして結婚を申し込んだのでした。
大山祇命はたいそう喜び、盛りだくさんの引出物を添えて、咲耶姫と長女の石長姫 ( イワナガヒメ ) をいっしょに嫁がせた。瓊々杵命は石長姫を気に召さなかったため送り返したが、大山祇命は石長姫を嫁がせたことについて、瓊々杵命の命(いのち)が風雪に耐える岩のように安泰であることを願ってのことだったと言い、咲耶姫だけをとどめるなら木の花が咲きそろうほどの短い命となるだろうと残念がった。
木花咲耶姫は瓊々杵命と一夜寝床を共にして、夫婦の契りを結ぶところとなった。咲耶姫はめでたく身ごもったことを瓊々杵命に告げると、瓊々杵命は、たった一夜の契りで身ごもったことに不信をいだき、自分の子ではなく誰か国つ神の子ではないかと責めた。
これに対して、咲耶姫は、自分の身ごもった子が国つ神の子なら出産のときによくないことが起こり、もし、瓊々杵命の子なら無事に出産できるだろうと言い残し、隙間をすべて壁土で塞(ふさ)いだ無戸室に入り出産の準備をした。咲耶姫は産気づいたところで室に火を放ち、炎の中で無事に三柱を産み落とし貞操を証した。
神々は生まれた順に、火照命 ( ホデリノミコト。海幸彦 )、火闌降命 ( ホスセリノミコト )、彦火々出見命 ( ヒコホホデミノミコト。火遠理命< ホオリノミコト > とも。山幸彦 )と命名された。
初代天皇・神武天皇は彦火々出見命の孫とされています。
現在は、富士浅間神社の主祭神となっています。